【17】「歩き方もちょっと考えてみましょう」-安全第一-

はじめに

同じ年齢で、また歩く能力が同じような場合でも、人により歩く機会も、歩く量も、歩き方も、生活パターンも異なります。さらに、年齢も、歩く能力も、いろいろであることを考えると、どの方にも当てはまる「このように歩きましょうの見本」はないことが理解できるかと思います。
「歩き方もちょっと考えてみましょう」の第一に、この点を理解しておくとよいと思います。
「このように歩きましょうの見本」はありませんが、年齢とともに身体機能が若い時と比べて落ちてゆく中での考え方の基本はあります。
「安全第一」と「歩くことを楽しみにしてしまう仕組み」です。2回に分けて順次説明いたします。今回は「安全第一」です。

歩行時に起こりえるつまずき、転倒、なんで?

歩ているときには、転倒したり、転倒しかけてこらえた際に膝や腰が痛くなったり、足をぐねったり、階段を踏み外したり、いろいろなことが起こりえます。
ご自身の身体能力のイメージは若い時のもの、あるいは今より元気だった少し前のものであることが普通です。
しかし、実際の体を動かす機能、目や耳からの情報を処理する能力、判断する能力など歩く際に無意識に使っているすべての機能は、変化しています。5年前、1年前、あるいは例えば風邪をひいて2-3日寝込んだ方などは1週間前と比べても低下しています。
ご自身の頭に描く身体の動きのイメージと、実際の今の身体機能のずれがあると、つまずき、転倒などの歩行時のトラブルの原因となります。小さな障害物につまずいたり、床につま先が引っかかったり、足が滑ったり、もつれたり、ぐねったり、膝崩れしたり、さまざまなことが起こりやすくなります。
私は診療の場で、転倒したことがあるかを患者さんによく尋ねます。たった一回の転倒でも、たまたま生じたことでは決してありません。起こるべくして起こっています。転倒やつまずきなどの歩行時のトラブルは、ご自身の頭に描く身体の動きのイメージと、実際の今の身体機能のずれがあることを、教えてくれる貴重なエピソードです。
転倒やつまずきなどの事実をたまたまのことだと軽くみずに、神様が教えてくれたとても大切な情報と考えて十分に利用してください。

安全第一のために

安全第一の歩き方のためには、今のご自身の身体機能の低下をしっかりと認識してそれに合った注意を少ししておくことです。無意識にこれができている方も多いかと思います。一方、過度に注意深くなり生活の活動量が減るとそれはかえって身体機能を落とす要因になります。バランスよく意識することが大切です。
そのうえで、ご自身の歩く速度の調整、1日に歩く量の上限設定、一度に歩く量の調整、杖やノルディックポール、手押し車、手すりの使用など、各個人にあった歩き方を考えます。ご自身の特性や特徴を知って、個別化して作戦を考えます。
「安全第一」で、私は患者さんに「工事現場と同じなんですよ」と説明しています。

そう簡単ではない「安全第一」、油断大敵

この頭にあるご自身の身体機能の無意識のイメージと実際の身体機能のずれをなくすことの大切さは、私は数十年の診療の場で多くの方に説明してきました。しかし、その私も全くできていませんでした。
2年前に腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛・下肢痛で私は1ヶ月間まともに歩けない生活となり、通勤も電車から車となりました。1か月ほどで無事に歩けるようになったのですが、電車通勤に戻した初日に駅の階段から十数段飛び落ちるように転落し頭部を強打しました。
1ヶ月で筋力などの身体機能が落ちたにもかかわらず、元気な時のイメージで勢いよく階段を走るように降り始めた矢先の出来事でした。頭のイメージする動作スピードに足がついてこず、もつれたのかと思います。何が起こったのかが瞬間わからず頭部に強い衝撃を受けたあと眼を開けた際は天国かと思い、人は簡単に死ぬことがあると直感しました。それ以降、階段を降りる際は、必ず手すりに手を添えるように(触りませんが)して階段を下りるようにし、転落に備えています。これは一生続けようと思っています。

「安全第一」がもたらす大きな効用

「安全第一」をまさに第一に考えて歩くことは、歩くことへの自信と前向きな気持ちをもたらしてくれます。
逆に、「安全第一」をないがしろにすると、忘れていたころに大変なことに遭遇して結果的に身体機能を失うことになるか、不安のために前向きな気持ちが抑えられる一つの要因になります。
工事現場の朝の朝礼は、毎日まず「安全第一」から始まります。いよいよ歳をとって身体機能が若い時と比べて落ちてきている中での日々の生活も、同じだと思います。

まとめ

頭のイメージの身体機能と実際の身体機能のずれは油断すると怖いものです。ご自身の身体機能を過信せず、まずは「安全第一」です。ご自身の特性や特徴を知って、自分に合った作戦を考えてみてください。
次回は「歩くことを楽しみにしてしまう仕組み」を説明します。