【3】「80代90代になっても自分の足で歩くために」たんぱく質をとる大作戦その2です

はじめに

高齢になると若いころよりも食べる量が減ってくることが普通です。食べる量が減っても①食べるたんぱく質の量、②食べる回数と順序、③食材選び、を意識した食べ方の習慣をつければ、一生ものの”おおわざ”を身に着けたことになります。「80代90代になっても自分の足で歩くため」に必要な筋肉を維持しやすくなります。
では、「80代90代になっても自分の足で歩くために」はいったい1日にどれくらいのたんぱく質を食べたらよいのでしょうか?
その答えは「日本人の食事摂取基準(2020年版)」に書かれています。厚生労働省のホームページから無料でダウンロードできます。これは国民の健康の保持・増進・生活習慣病の予防のために参照するエネルギー及び栄養素の摂取量の基準を示す貴重なものです。487ページもあるのでたとえ読まれなくても、こんなすごいものが作られているんだ!ということは知っておいてくださいね。
ここでは、歩けない高齢者にはならないように、いったい1日にどれくらいのたんぱく質を食べたらよいのかをお話します。
そして、「その料理いったい誰が用意するの問題」と「好きなもの食べたい問題」にも触れますので一緒に考えてくださいね。

いったいどれくらいたんぱく質を食べたらいいの?

「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、身体活動量に応じて1日に摂取するたんぱく質の目標量がg(グラム)数で示されています。加齢とともに身体機能が低下して要介護状態になっていくのを予防するために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量です。
日本人の食事摂取基準(2020年版)
「80代90代になっても自分の足で歩くため」に知っておくと役立つ目標値です。
日常生活の身体活動が「低い」「中くらい」場合それぞれの目標値を紹介します。
まず身体活動の「低い:日常生活の大部分が座位で、静的な活動が中心」の場合です。1日に摂取したいたんぱく質の目標値は、65〜74 歳で体重65kgの男性は77~103g/日 52kgの女性は58~78 g/日です。75 歳以上で60kgの男性は68~90g/日 49kgの女性は53~70 g/日です。
次に身体活動が「中くらい:座位中心の生活だが、移動や立位での作業・買い物での歩行、家事、軽いスポーツ、のいずれかを含む」の場合です。65〜74 歳では、体重65kgの男性は90~120g/日 52kgの女性は女性69~93 g/日です。75 歳以上で60kgの男性は79~105g/日 49kgの女性は62~83 g/日です。

体格によって増減しますが、身体活動の低い方でも体重1㎏あたり1.1~1.5gのたんぱく質の摂取が目標値になっています。おそらく足りていない方が多いのではないでしょうか?結構多いんだ!ということを理解してくださいね。
体格だけではなく、腎臓がとても悪い場合は少し少な目にしなければならないこともあります。いろんな病気を持たれている方はお医者さんに判断してもらうことが必要になりますが、たんぱく質摂取不足で足腰を弱らせないためには、目標値を知って取り組んでいくことがとても大切です。
ピアノのレッスンでも発表会を目標にしますし、そろばんやお習字でも級や段を目標にすること多いですよね。目標を持つということが、心が前向きになって取り組む一つの方法です。

でも、ご自身がどの段階かなという評価からはじめて、ご自身にあったところから始めてくださいね。

ピアノで「猫ふんじゃった」しか引けない私が急にモーツアルトの曲で2週間後の発表会を目指すなんて目標はあっていませんよね。同じように、朝食に卵もお魚も食べていなかった方は、まずは朝食におかずを食べましょうからですよ。

その料理いったい誰が用意するの?

栄養の取り方を理解し実行する際によくおこる問題は、いったいその食事を誰が用意するのかという問題です。ご自身が買い物や通販で食材を手に入れて毎日調理する、毎日調理はできないけれど出来合いのものをお弁当や冷凍食品などとして手に入れる、ご家族やヘルパーの方が準備するなどいろいろな状況があります。本人の身体機能がいろいろであることに加えて、一人暮らしか老夫婦二人くらしか、近くにご家族はいるかいないか、ご家族と同居か、施設での生活かなど、おかれた環境も様々です。状況によりいろいろな方法で食事を準備することになります。どのような状況でも、動物性たんぱく質を含むおかずは手に入れることや作るのに手間とお金がかかるのに比べ、栄養素の乏しいおいしいものが簡単に安くに手に入るという問題があります。ですので動物性たんぱく質を含む栄養価の高いおかずが簡単に安くに手に入るという環境を用意する必要があります。社会全体の問題として対応されるべき問題であり、本人の努力では何ともできないことです。

しかし、今、急速にこの問題は改善される方向に社会が頑張っています。数年前のコンビニに並んでいた食べ物はほとんどが糖分・炭水化物であり、たんぱく質といえばゆで卵かソーセージくらいしかありませんでした。この数年で状況は一変し魚などの缶詰が種類も数も増え、またおかずものの商品が次々と開発されてたくさん並ぶようになりました。自分の足でコンビニに行けるのであれば、調理しなくてもたんぱく質摂取は何とかできそうです。しかしコンビニに行くことも難しくなった場合は、冷凍食品宅配の利用が便利です。冷凍食品は湯煎や電子レンジで温めるだけでだけで食べられるものもあります。
ご家族が食事を準備する場合でも、このような便利な方法の選択肢が増えることはとても大切です。ご家族の負担が減ります。今、急速に社会は変化しつつありますので、ぜひいろいろと試してみてご自身に合ったものを見つけ出してください。

好きなもの食べたいのに問題

食事の一番の目的は生きるための栄養摂取ですので、食が細くなった高齢者では「80代90代になっても自分の足で歩くため」にたんぱく質をしっかりとることが大切であることを説明してきました。食事がおいしくて楽しいことは、食が細くなってきた方にはとても大切です。でも、おかずを食べて栄養を取ることの大切さはわかっていても、自分の好みの食がすすむおかずが簡単に手に入らない問題がよく生じます。喜んで食べるものでなければ、食事は苦痛となりたんぱく質摂取量は減ります。その結果が「自分の足で歩けない高齢者」の姿につながります。

加齢とともに好きな食べものが変化したり、固いものが食べにくくなったり、食が進む料理を準備することが負担となってくることがあります。そのために、食事は栄養価が低く安い食べ物ばかりになるという状況は少なくありません。その繰り返しは知らず知らずに「悪い食習慣」となり、食べ方を変えることが困難になることも珍しくありません。特に認知症が入ると食習慣を変えることは難しく、早い時期から健康的な食習慣をつくっておくことが大切です。

例えば私の88歳、89歳の両親は遠くに住んでいて、近くの姉が料理を用意してくれていますが、仕事もありすべてを対応するのは困難です。そんな中で私のできる支援の一つとして湯煎で簡単に食べられる食材を送ることです。父は食通でもないのに食べやすい好みの味にこだわりが強くなりとても困っています。あれこれ試した結果、気に入ってもらえたのが河内長野市のプシューケというフランス料理店の湯煎で食べられるハンバーグです。昨年大腸がんの手術(人工肛門)、脳梗塞、尿閉と3回入院しましたが父は今も歩くことができます。一時リハビリ施設に入所した時に、食事が合わなくて食べなくなり点滴となり2-3日で転倒するようになりました。すぐに退院して姉の料理やプシューケのハンバーグ等の作戦を行ったところ歩行能力は回復し、今も手押し車・見守り介助が必要ですが外の散歩ができています。リハビリテーション入院で運動療法とともに栄養管理が大切であることを改めて実感しました。

冷凍で保存ができて、湯煎や電子レンジで簡単に食べることができ、かつ喜んで食べてもらえる味のよいおかずが、安くて簡単に手に入るような世の中になれば、家族も本人も負担が減り、高齢者の栄養改状態は自然に改善されると思います。

食が細くなり味の好みも様々などんな高齢の方も、食事は楽しい時間でかつたんぱく質摂取が十分にできて、90歳、100歳でも自分の足で歩ける社会にしたいですね。

たんぱく質を何gとることを目標にするのはとても大切なのですが、生きるための栄養をとるという第一の目的が楽しんで達成される豊かな社会です。
「好きなものを食べて寝たきりに」から「好きなものを食べて100歳でも歩ける」という環境変化が必要となっています。一流の調理人の味で食べやすいおかずが保存もきく状態で”お菓子よりも種類がたくさん”、かつ安く流通する、という社会づくりも含めて高齢者の栄養改善を考えることが大切です。

結論

身体活動の低い方でも体重1㎏あたり1.1~1.5gのたんぱく質を摂取することが、90歳、100歳でも歩くための目標値です。結構多いと感じるかもしれません。おかずの種類や量を増やしながら朝昼夕の3食とるという食習慣の大切さに、「目から鱗」で気づいていただけたら嬉しいです。今、良質なたんぱく質をたくさん含んでいて、おいしくて、安くて、手に入れやすい商品が増えてきています。スーパー、コンビニ、通販などでそんな食材をアンテナを高くして探すと楽しめます。それができると、知らず知らず習慣的に食べているおいしいけれども栄養素が低く安い食べ物、を断つことができますよ。日本の食文化は世界トップクラスです。100歳まで豊かな食文化を楽しんだ人ほど元気に自立した生活ができるという二重の喜びを目指してみてはいかがでしょうか。
次回は「こころが元気になること」についてお話します。